講座詳細
クーの神話「村人を救ったウルの木」
クー神の慈愛に満ちた神格を表す神話も
- 四大神の一人クーは、戦いのほか農業、漁業、癒しといった広分野を司る
- ハワイのウルの木(パンの木)はクーの化身とされている
ハワイアンの大切な主食の1つだったウルの木
四大神の一人クーは、戦いの神としてのイメージが強いですが、実際には森林や農業、漁業、ひいては癒しと、多くの分野を司っています。戦いの神としての神話は一般に知られていないものの、漁業や農業の神としての物語は幾つか残り、以下もそんな物語の1つ。慈愛に満ちたクーの一面が伝わってきます。
昔々、クー神がハワイにやって来た時、空には雷鳴が轟き、空気を震わせました。そのためハワイアンは何か尋常ではないことが起こっていることに気づきましたが、クーが人間の姿で小さな村に入って行った時、それが神だと気づくことはありませんでした。
農民の一人として村で働き始めたクーは身体が大きく力も強く、ほかの若者の10人前もの力仕事ができたので、すぐに村人から尊敬される存在となりました。やがて一人の娘と恋に落ちて結婚し、子供もたくさん生まれ、平和な生活が何年も続きました。
ところがある年。そんなのどかな生活が暗雲に包まれたのです。その年は雨がほとんど降らなかったため不作続きで、人々は十分に食物を得ることができませんでした。クーは子供たちが毎日、おなかを空かして寝床に入るのを辛そうに見ていましたが、人間として暮らしている以上、何もすることができません。
「このままでは、家族も村人も全員、飢え死にしてしまう」
悩んだ末、クーはついに決意したのです。妻に別れを告げ、神としての自分に戻ろうと決めたクーは、妻に村を飢餓から救うよい方法を知っていることを話しました。「ただそのためには、私は遠くに行かなければならない。二度と戻ってくることはできないんだ」
いったい夫が何をするつもりなのかはわかりませんでしたが、妻は涙を流しながら、クーを旅立たせることに同意しました。
クーはそのまま庭に出て仁王立ちになり、手足を広げて天を仰ぐと、そのままズブズブと地中に沈んでいきました。やがてクーの頭のてっぺんだけがわずかに見えるだけになり、家族はそこに涙の雨を降らせて優しかったクーに別れを告げたのでした。
すると数日後。クーが消えた場所から、緑の芽が出てきました。芽はずんずん育ってアッという間に見上げるほどの大きさになり、次々と大きな果実を付け始めたのです。それは子供の頭ほどにも大きいウルの実(パンの実)でした。ウルはタロイモに次いでハワイアンが好んで食べた主食の1つです。
メロンよりひと回りほど大きなウルの実。一本の木にたわわに実る
木にはなんとウルの実が数百個もなり、それは村中の人がおなかいっぱい食べても余るほどでした。すっかり満腹になり、幸せな気持ちで妻がウルの木の下に座っていると、なんと懐かしいクーの声が聞こえてきます。
「妻よ、僕の身体はウルの木になった。幹の周りに生えている若芽を注意して掘り出し、村人たちに分けてあげてほしい」
妻がその通りに若芽を配った結果、村中でウルの木が立派に成長! またたく間に山ほどの実を付け、それから村が飢餓に苦しむことは一切ありませんでした。
そんなわけでハワイのウルの木は全てクーの化身、つまりクー神の似姿なのだそうです。
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森出 じゅんJun Moride担当講師
【インタビュー動画あり】
オアフ島ホノルル在住。横浜出身。青山学院大学法学部卒業後、新聞・雑誌・広告のライターとして活動。1990年、ハワイ移住。フリーランスのジャーナリストとして活動する傍ら、ハワイの文化や歴史、神話・伝説、民間伝承を研究中。単に「美しいハワイ」にとどまらないハワイの奥深い魅力、真の姿を日本に発信すべく、執筆を続ける。イオラニ宮殿日本語ドーセントも務める。著書に「ミステリアスハワイ」(ソニー・マガジンズ刊)、「ハワイの不思議なお話」(文踊社刊)、「やさしくひも解くハワイ神話」(フィルムアート社刊)、「Hawaii 神秘の物語と楽園の絶景」(パイインターナショナル)がある。
森出じゅんのハワイ不思議生活 http://blog.goo.ne.jp/moridealex