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ハワイの歌4 『カメハメハ二世(リホリホ)の歌』
カメハメハ二世の歌
ハワイの歌「メレ」には「メレ・イノア」というカテゴリーがある。特定の人物に捧げる歌のことをいう。メレ・イノアの中でも特別な、ハワイ王国の王族たちに捧げられたメレを紹介する。
カメハメハ二世をたたえる歌 ‘O Kona Kai ‘Ōpua i ka La‘i
カメハメハ一世亡き後、長男のリホリホが王位を継ぎカメハメハ二世となったのは1819年。英国滞在中に若くして病死したのが1824年だから、リホリホの在位期間はわずか5年だった。それは短くも激動の年月だった。それまでのハワイ社会を支配していた「カプ」システムは闇に葬られ、海の向こうから宣教師とともにやってきた「キリスト教」が新しい社会制度の土台に取って代わろうとしていた。ハワイの古い神々を祀るヘイアウは破壊され、先住ハワイアンの価値観は崩れ去ろうとしていた。その先頭に立っていたのが、カメハメハ一世の正妻でリホリホの母ケオプオラニと、こちらもカメハメハ一世の妻カアフマヌ、そして彼女たち二人に担ぎ出された二世国王リホリホだった。
リホリホ在位中、実質的な権力を握ったのは自ら摂政を名乗ったカアフマヌだった。王位継承者として育てられた長男とはいえ、リホリホはまだ20代前半の青年だったのだ。カメハメハ一世の妻たちが支援したキリスト教布教により、一夫多妻制は廃止されることになり、リホリホは一夫多妻で生きた最後の王となった。
リホリホをたたえる歌に『‘O Kona Kai ‘Ōpua i ka La‘i』がある。王族女性とのロマンスが主題であると語り継がれるこの歌の歌詞を見てみよう。
(‘O) Kona kai ‘ōpua i ka la‘i
‘Ōpua hīnano i ka mālie
Hiolo nā wai a ke Kēhau
Ke nā‘ū lā nā kamali‘i
(Ke) kāohi lā i ke kukuna lā
(Ku‘u lā) koili i ka ‘ili kai
Pumehana wale ho‘i ia ‘āina
Aloha nā kini a‘o Ho‘olulu
Ha‘ina ka inoa o kuʻu lani
No Liholiho nō lā he inoa
伝説のフラダンサー、イオラニ・ルアヒネのチャント
コナ、雲が浮かぶ穏やかな空
ヒナノのような雲が静止している
流れ落ちるケハウの霧の滝
子どもたちは「ナーウー」を歌う
太陽光線が消えるまで
私の太陽、海岸線に沈む
とてもあたたかい地
愛すべきホオルウの人々
我が王の名を伝える
その名はリホリホ
舞台はハワイ島コナ。リホリホが王族女性(妻のひとりかは不明)と過ごしたと思われる海辺の情景が描かれる。5バースからなるこのチャント、じつは4番と5番の間にもう1バース存在する。その部分の歌詞は、男女の性的な行為をほのめかす。宣教師が力を持った時代にそれを歌うのがタブーだったであろうことは想像がつく。こうして伝統的なメレは、歌詞が省略され、変更を加えられながらも、時代を越えて生き残った。
20世紀に入ってから、『‘O Kona Kai ‘Ōpua i ka La‘i』のチャントは『Kona Kai ‘Ōpua』というメロディー付きの現代ソングに生まれ変わってさらに広く歌い継がれるようになった。ただし歌詞には大幅に手が加えられている。この新バージョンは、コナの景観を描くご当地ソングとして、ハワイ島コナの人々に愛されている。
アウアナ・バージョンの『Kona Kai ‘Ōpua』@メリー・モナーク・フェスティバル2017
ウェルドン・ケカウオハが歌う『Kona Kai ‘Ōpua』
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よしみ Nui だいすけDaisuke Yoshimi担当講師
【インタビュー動画あり】 1967年2月9日生まれ、神奈川県横須賀出身。1991 年よりハワイ在住。ハワイ大学卒業。フラ、ハワイ音楽に傾倒するハワイ・スペシャリストとして、ハワイを拠点に執筆・コーディネート活動を行う。ハワイのクムフラやミュージシャンとの親交も幅広い。フラダンサーとして、メリー・モナーク、キング・カメハメハの大会出場経験あり。著書に『たくさんのメレから集めた言葉たち』シリーズ、『LIVE ALOHA~アロハに生きるハワイアンの教え』がある。近年、フラダンサーを対象とした日本での講演・セミナー活動に力を入れている。
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